お盆休みにお墓参りで旭川へ。お仕事ではよく行く街ですが、遊びに行くにはなんか遠い気がするのか馴染みないんだけど、今回はせっかく行くんだからいろいろ調べてみるかーってな具合で、事前調査して臨みました。といってもほとんどが史跡ですが。。。
しかし第一目標への路半ばにして早くもハプニング。
浦臼って町を通過中、道端に『坂本龍馬家の墓』の看板を発見して停車&調査開始。
どうやら上川開拓に尽力した坂本直寛なる人物のお墓で、龍馬の甥だそうです。知らなかった~。
車に戻りちょいと先へ進むと、またまた目を引く看板。『浦臼町郷土資料館』とな! 予定時間がまたまた狂うけど、仕方ねー、入るさ! 初代北海道長官(現在の道知事)の岩村通俊やチョッカン(坂本直寛)さんの資料などなど、実に楽しいねー!
初っ端から相次ぐ発見で面白くて全然旭川に近づけねーの。
んでもって、やっと当初の第一目標へ。
こっち(札幌)から行くと旭川の手前にあるカムイコタンに、大昔の竪穴式住居跡があります。 ちゃんと立派な史跡だと思うんだけど、入り口も分かりにくく雑草生え放題で、こりゃ全然管理されてねーな。
予定時間をかなりオーバーしてようやくお墓に到着&合掌。
次は小6の修学旅行以来の当麻鍾乳洞へ。「懐かしいな~」となるところですが、全く覚えてないので新鮮に楽しめました。なにが凄いって、ここを発見した人が凄いね!
ここで折り返して帰路。
旭川駅の裏手にある旭川博物館は、時間があるときにじっくり拝見したいので、今回はスキップ。旭川市の、わりと中心にある松岡家っていう明治時代の立派な木造住宅を拝み、伝承のコタンなる場所へ。看板に書かれた字は、どう見ても『伝承のコタソ』なんだよな~。。。
17:00を過ぎていたので資料館には入れませんでしたが、復元されたアイヌ住宅があったりでなかなか面白そうでしたので、ここも次回だね。
そこで看板発見!→
オレの名字、アイヌ語で『オ』か!!
これはいいな。こんど使ってみよう。
待てよ。いつ使う?
宅急便とか来て受領印のとこに『オ』って楽でいいかも。
最後に向かったのは『近文山国見の碑』。
資料には、『明治18年8月27日に、後の北海道初代長官岩村通俊と屯田兵本部長永山武四郎らが石狩川奥地調査に来て、近文山頂から未開の上川平野を国見し上川開拓を決意したのを記念して、明治19年岩村が国見の碑を建立させたものです。』とあります。
岩村&永山コンビってスゲーぜ。永山さんつったらアータ、岩村さんに続いて2代目北海道長官になるお方でっせ。家は札幌ファクトリーの隣だぁ~。その2人が「ここに村作るべな!」と思った場所だす。
しかし残念ながら到達できませんでしたの。 嵐山から山道を上がり『国見の峠』の看板と、徒歩でしか行けない脇道を発見。そこには『国見の碑まで600m』の文字。。。 日が落ちてかなり暗くなっていたので、到達間近にして今回は断念しましたよ。でも必ずまた来るで。
一番濃かったのが、予定になかった浦臼だった!っていう。。。微妙な結果に(^^
史跡の旅はまだまだ続きます!
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